鷺の停車場

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ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

ショスタコーヴィチ交響曲第10番を聴きました。

ニコライ・アレクセーエフ指揮アーネムフィルハーモニー管弦楽団
(録音:2009年9月3・4日 アーネム、ムシス・サクルム、コンサートホール(ライヴ)

 

この曲は、ショスタコーヴィチ交響曲の中でも、個人的に一番好きな曲。各楽章をごく簡単に紹介すると、次のような感じです。

第1楽章:Moderato

ホ短調・3/4拍子、ソナタ形式。演奏時間は約22分13秒(スコアに記載されているメトロノーム記号どおりの速さで機械的に演奏した場合。以下も同様)。低弦による問いかけのようなモティーフに始まる序奏の後、少しテンポを速めてクラリネットによる第1主題が現れ、いったんクライマックスを迎えた後、テンポをさらに速めてフルートが第2主題を奏します。再び第1主題のテンポに戻って始まる展開部では、2つの主題が絡み合いながら高揚し、クライマックスの頂点を迎えたところで、弦楽器が強奏する第1主題で再現部に突入します。音楽が鎮まっていったところで、クラリネットによる第2主題、弦楽器による序奏の再現の後、2本のピッコロが第1主題の断片を奏し、静かに曲を閉じます。

第2楽章:Allegro

変ロ短調・2/4拍子。演奏時間は約4分5秒。暴力的なスケルツォ。リズムを強奏する弦楽器の伴奏で木管楽器が甲高く叫ぶような第1主題、弦楽器による嵐のような中間部の後、再現部では金管楽器が引き延ばされた第1主題を威圧的に奏し、終止まで突進していきます。

第3楽章:Allegretto

ハ短調・3/4拍子、三部形式。演奏時間は約10分28秒。ヴァイオリンによる第1主題の後、木管楽器ショスタコーヴィチのイニシャル(D-Es-C-H:レ-ミ♭-ド-シ)が埋め込まれた第2主題を奏し、中間部ではホルンによる悲しげなモティーフが現れ、再現部では第2主題の再現とともに、音楽が高揚していき、クライマックスでは中間部のホルンのモティーフが強奏されます。

第4楽章:Andente-Allegro

ロ短調・6/8拍子 - ホ長調・2/4拍子、ソナタ形式。演奏時間は約11分1秒。深く、悲しげなオーボエ・ソロによる序奏の後、テンポを速めた主部では、ヴァイオリンによる明るい第1主題、リズミカルな第2主題、低弦による第3主題が現れ、クライマックスではD-Es-C-Hのイニシャルが咆哮のように強奏されます。再現部の後のコーダでは、再びイニシャルのモティーフが、ホルン・トランペットで6回、ファゴットトロンボーン・チューバ・低弦で4回、最後にティンパニが6回繰り返され、高揚のうちに曲を閉じます。
どうでもいいことですが、個人的には、このイニシャルの繰り返し部分を聴くと、なぜか候補者の名前を連呼する選挙カーを連想してしまいます。

ちなみに、ショスタコーヴィチ交響曲は、国内版のミニチュアスコアが入手可能になっています。

アレクセーエフの指揮は、比較的遅めのテンポで、奇を衒うことなく、音楽に語らせていくような演奏で、特に、1楽章で、音楽の高揚に合わせてテンポを上げていく演奏が多い展開部においても、殊更にテンポを上げることなく、音楽をがっちり構築していくのは、強い印象を受けました。テンポの動きが少ないがゆえに単調に感じてしまったり、テンポが速い部分では安全運転に聞こえるところもあり、オーケストラにもう少し力があれば、とも思いますが、演奏が終わって拍手が入って初めてライヴだと気づくくらい、アンサンブルはしっかりしていて、なかなかの好演でした。

 

手元にある他のCDも聴いてみました。

録音が新しいものから紹介します。

ルドルフ・バルシャイ指揮WDR交響楽団
(録音:1995年7月12・14日、9月14日、1996年4月26日[Op.70]、1996年10月15・24日[Op.93]  ケルン、フィルハーモニー

バルシャイが1992年から2000年にかけてWDR(西部ドイツ放送)交響楽団(旧:ケルン放送交響楽団を振って録音した交響曲全集の1枚。

奇を衒わず、実直に向き合った演奏という印象。派手さはありませんが、オーケストラの凝集度も高く、この交響曲全集の中でも、最も優れた演奏なのではないかと思います。

 

マリス・ヤンソンス指揮フィラデルフィア管弦楽団、ロバート・ロイド[Bs、ムソルグスキー]
(録音:1994年3月5~7日 フィラデルフィア、メモリアル・ホール)

ヤンソンスが1988年から2005年にかけて、8つのオーケストラを振って録音した交響曲全集の1枚。録音順でいうと、第7番、第6番、第9番に続く4曲目の録音となります。

これは以前の記事でも紹介したことがあります。

reiherbahnhof.hatenablog.com

どっしり腰を据えた感じが印象的で、手元にあるこの曲のCDの中では総合的にはかなり優れた演奏だと思います。フィラデルフィア管弦楽団というと華やかな音色のイメージがありますが、曲調に合わせたのか、ほのかに暗い音色を感じさせる録音も効果的です。 

 

交響曲 第10番 ホ短調

交響曲 第10番 ホ短調

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サー・ゲオルグショルティ指揮シカゴ交響楽団
(録音:1990年10月 シカゴ、オーケストラ・ホール(ライヴ)

ショルティが、晩年になって音楽監督を務めていたシカゴ交響楽団などと積極的に取り組んだショスタコーヴィチ交響曲の録音の中の1枚。録音順でいうと、第8番、第9番に続く3曲目の録音となります。シカゴ交響楽団の優れた能力が存分に発揮され、スケールも感じさせる演奏ですが、第1楽章のクライマックスに向かってテンポをどんどん上げていくところなど、解釈が好みでない部分が少なくないのと、ライヴ録音のためか、この時代のCDとしてはそれほど音質が良くないので、個人的な評価は今一つです。

 

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団
(録音:1990年2月12日 クリーヴランド、メイソニック・オーディトリウム[ショスタコーヴィチ]、1990年8月21日 クリーヴランド、セヴェランス・ホール[ルトスワフスキ]

ドホナーニが唯一録音したショスタコーヴィチの録音。全体に引き締まった造形の完成度の高い演奏。圧倒的な迫力を期待する人には物足りないかもしれませんが、スコアを細部まで見通したようなバランスの良さ、虚飾を廃した端正な表現、隙のないアンサンブル、クリアさが際立つパーカッションなど、独特の魅力が感じられる演奏で、個人的にはかなり好きです。カップリングのルトスワフスキ―「葬送音楽」も秀演。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(録音:1981年2月 ベルリン、フィルハーモニー

カラヤンが唯一録音したショスタコーヴィチ交響曲で、1966年の録音に続く2回目の録音です(なお、1969年のモスクワでのライヴ録音も入手可能なようです)

カラヤンらしい流麗な演奏で、オーケストラの威力も十分。以前はあまり好きな演奏ではありませんでしたが、久しぶりに聴くと、響きの雰囲気は好みではありませんが、下手な小細工なく、かなり楽譜に忠実に演奏されていて、好感が持てる演奏です。4楽章の最後のクライマックスで、イニシャルを連打するティンパニが1小節ずれているのはいただけませんが・・・。

 

クルト・ザンデルリング指揮フランス国立管弦楽団
(録音:1978年1月8日 パリ、シャンゼリゼ劇場(ライヴ)

クルト・ザンデルリンクのこの曲の録音としては、当時首席指揮者を務めていたベルリン交響楽団(現:ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団との1977年盤がありますが、本盤は、その約1年後のライヴ録音。

かつてムラヴィンスキーの下でレニングラード・フィルの第一指揮者を務めていたこともあるザンデルリンクは、いわゆるロシアものもよく振っており、以前にもブログで書きましたが、晩年のベルリン・フィルへの客演時にもショスタコーヴィチ交響曲を取り上げていました。この演奏も、ザンデルリンクらしくやや遅めのテンポながら、確かに歩みを進めていくような音楽の運びが印象的で、個人的には好きな演奏のひとつ。ところどころ入り間違いなどイージーなミスもあり、この時期のフランス国立管にはなじみのない曲だったのだろうと思われますが、ファゴットのソロがフレンチ式のバソンで聴くことができる珍しい演奏であるのも、個人的には魅力です。

 

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィルハーモニー交響楽団
(録音:1972年1月27日[Op.54]、1976年3月31日[Op.93] レニングラードフィルハーモニー大ホール(ライヴ)

この曲を初演したコンビによる、ショスタコーヴィチが亡くなって間もない1976年のライヴ録音。初演間もない時期の1954年、1955年の録音も残されているようですが、入手しやすいのは、本盤と次に紹介する1976年3月のライヴだと思います。本盤の第10番の方は、なぜかモノラル録音です。

録音はあまり良くなく、ライヴならではのキズもありますが、ムラヴィンスキーらしい、ピンと張りつめたような厳しい雰囲気の演奏。ちなみに、カップリングされている交響曲第6番は、個人的には名演だと思います。

 

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィルハーモニー交響楽団
(録音:1976年3月3日 レニングラードフィルハーモニー大ホール(ライヴ)

上の3月31日のライヴ録音の4週間前のライヴ録音。

ピンと張りつめた緊張感が漂っているのは共通ですが、こちらはステレオ録音なので、3月31日のライヴ録音よりはだいぶ聞きやすくなっています。録り直しなしの一発ライヴなので、細部にはキズもありますが、この厳しい雰囲気はムラヴィンスキーならでは。名盤とまでは思いませんが、一度聴く価値のある演奏だと思います。
なお、上の3月31日のライヴ録音でも同様ですが、4楽章のコーダの盛り上がった箇所(645小節目)で、スコア上は8分音符の打ち込みになっている金管楽器を3拍分伸ばさせるムラヴィンスキー独自の演出・変更が加えられています。

 

キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
(録音:1967年9月15日[Op.54]、1973年9月24日[Op.93] モスクワ)

コンドラシンが1962年から1975年にかけて、当時首席指揮者を務めていたモスクワ・フィルと録音した交響曲全集の1枚。

変なたとえですが、速球で真っ向勝負、という印象の演奏。オーケストラの技術的な部分などは見劣りする部分はあり、全体に荒削りなので、初めて聴く人にはお勧めしにくいですが、細部のキズは厭わず、作品に正面から組み合った感じは好感が持てます。まだショスタコーヴィッチが存命だった当時の旧ソ連における本格的な交響曲の録音であり、当時の時代の雰囲気の一端を感じさせてくれる一枚ともいえます。

 

カレル・アンチェル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ヴォルフガング・シュナイダーハン[Vn][ストラヴィンスキー]チェコ・フィルハーモニー管弦楽団[ショスタコーヴィチ]
(録音:1962年12月 ベルリン、イエス・キリスト教会[ストラヴィンスキー]、1955年10月 ミュンヘンヘラクレスザール[ショスタコーヴィチ]

初演間もない時期、アンチェルが当時首席指揮者を務めていたチェコ・フィルとの演奏旅行中に、ドイチェ・グラモフォンがミュンヘンで録音したスタジオ録音。

当然ながらモノラルで、あまり良い録音ではないですが、リマスターもあってか、この時代の録音としては、鮮やかな音で聞くことができます。ザラザラとした空気感の中で、ビブラートをかけたクラリネット・ソロをはじめこの時代のチェコ・フィルならではの音色と、全体としてかなり速めのテンポながら、当時としては精度が高かったであろう乱れのないアンサンブルで、緊張度の高い演奏になっています。

 

紹介したCDの楽章ごとの演奏時間は、それぞれ次のようになっています。

・アレクセーエフ    :Ⅰ26'07/Ⅱ4'51/Ⅲ12'24/Ⅳ13'13
バルシャイ      :Ⅰ23'14/Ⅱ4'31/Ⅲ12'08/Ⅳ12'19
ヤンソンス      :Ⅰ21'49/Ⅱ4'19/Ⅲ12'03/Ⅳ12'59
ショルティ      :Ⅰ21'34/Ⅱ4'20/Ⅲ11'37/Ⅳ12'27
・ドホナーニ      :Ⅰ22'24/Ⅱ4'13/Ⅲ11'46/Ⅳ13'25
カラヤン       :Ⅰ22'30/Ⅱ4'09/Ⅲ11'38/Ⅳ13'03
ザンデルリンク    :Ⅰ24'07/Ⅱ4'26/Ⅲ11'52/Ⅳ12'59
ムラヴィンスキー[3/31] :Ⅰ22'22/Ⅱ4'05/Ⅲ11'10/Ⅳ11'28
ムラヴィンスキー[3/03] :Ⅰ22'03/Ⅱ3'59/Ⅲ10'56/Ⅳ11'10
コンドラシン     :Ⅰ21'25/Ⅱ4'07/Ⅲ12'06/Ⅳ11'24
アンチェル      :Ⅰ20'48/Ⅱ3'51/Ⅲ10'57/Ⅳ11'54

 

こうやって演奏時間を比べてみると、アレクセーエフ盤は第1楽章で最も早いアンチェル盤よりも5分以上(曲全体では約9分)も時間が長くなっており、テンポが遅いことが演奏時間からもわかります。アレクセーエフ盤は、第2楽章・第3楽章でも最も時間が長く、第4楽章こそ最長ではないものの、これもかなり時間が長くなっていて、全体的にアレクセーエフ盤のテンポが遅いことが演奏時間からもうかがえます。一方、録音が古いムラヴィンスキー盤、コンドラシン盤、アンチェル盤はいずれも全体的にテンポが早めになっていることがわかります。なお、楽章全体の演奏時間だけでみると、ムラヴィンスキー盤が、全体的にスコアの指定のテンポに最も近いように思われます。

 

最後にいくぶん余談になりますが、この曲(に限らずショスタコーヴィチの曲の多く)では、例えば、第1楽章の2小節目の1拍目(最初から4つ目の音)にチェロとコントラバスの低弦が奏する低いレ♯(ドイツ語の音名ではDis)など、コントラバスに、一般的な4弦の楽器*1では出ない音も使われています*2。しかし、上記の録音のうち、最後の4枚、旧ソ連レニングラード・フィルとモスクワ・フィル、同じく共産圏だったチェコ・フィルの録音では、耳で聴く限り、そうした部分は1オクターブ上げて演奏されており、これらのオーケストラはいずれも、録音当時、通常の4弦のコントラバスだったことがうかがえます。

旧ソ連で作曲活動を行ったショスタコーヴィチは、当然、そうした楽器事情も知っていたはずですが、それでもなお、通常の4弦のコントラバスでは出ない低い音を使っていたのは、どのような考えによるものなのでしょうか。

*1:通常の4弦のコントラバス最低音はミ(E)です。

*2:下に1弦(調弦はシ(H))追加した5弦のコントラバスか、一番下の第4弦の長さを延長して、チェロの最低音の1オクターブ下のド(C)の音まで出るようにした「Cマシン」を付けたコントラバスであれば、これらの音も出すことができます